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仙台高等裁判所 昭和59年(ネ)259号 判決 1984年11月19日

控訴人 矢吹益三郎

被控訴人 菅野武四

右訴訟代理人弁護士 鵜川隆明

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金二八万円及びこれに対する昭和五八年四月一七日から支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審を通じて三分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほかは原判決の事実摘示(ただし、原判決一枚目裏一一行目、二枚目表四行目、同末行の各「損害賠償」をいずれも「既払代金返還」と改め、同三枚目裏一、二行目の全文を「1 請求原因1項の事実は認める。」に、同三、四行目の全文を「2 同2項の事実は認める。」に、いずれも改める。)と同一であるから、ここにこれを引用する。

一、被控訴人

控訴人の被控訴人に対する本件仮差押事件の被保全権利及び本案訴訟における請求債権は、昭和四九年四月二四日、被控訴人が訴外大益企業株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、福島市伏拝字沼ノ上二番一七五山林二四五三平方メートル及び同所二番四四二山林六〇二平方メートルを代金四六一五万円で売渡す契約を締結し、右代金のうち金五六一万五〇〇〇円の支払を受けたところ、被控訴人の債務不履行により訴外会社が契約を解除し、これにより被控訴人に対して有するに至った右既払代金返還並びに利息金債権を控訴人が譲受けたとするものであった。

二、控訴人

被控訴人主張の本件仮差押事件の被保全権利及び本案訴訟における請求債権が被控訴人主張のとおりのものであることは認める。

被控訴人が訴外会社との間で締結した売買契約の目的たる土地のうち、福島市伏拝字沼ノ上二番一七五山林二四五三平方メートルは訴外有限会社斎藤造花店(以下「斎藤造花店」という。)の所有であり、被控訴人はその所有権を取得したうえ、被控訴人所有の同所二番四四二山林六〇二平方メートルとともに、訴外会社に所有権移転すべき旨約したものである。しかるに、被控訴人はその債務を履行しなかったので、訴外会社は、昭和五〇年六月ころ被控訴人に対し、同人の債務不履行を理由に右土地売買契約を解除する旨の意思表示をし、これにより、被控訴人は訴外会社に対し、受領済の代金五六一万五〇〇〇円に利息を付して返還する義務を負った。ところが被控訴人はその返還に応じなかったばかりか、その後斎藤造花店から前記土地を買受けたうえ、これを訴外有限会社中央物産に転売するに至った。

控訴人は、昭和五二年六月訴外会社から被控訴人に対する右既払代金返還請求権を譲受けたうえ、右返還請求権及び利息金請求権保全のため本件仮差押を申請したものであるが、被控訴人は訴外会社との売買契約によって金五六一万五〇〇〇円を不当に利得し(被控訴人は初めから右金員を詐取する意図であったと思われる)、訴外会社に右と同額の損害を被らせた加害者でありながら、被害者である訴外会社の承継人である控訴人に対し更に損害賠償を要求するが如きは到底容認できない。本件仮差押申請に際し、控訴人が前記の被保全権利を有すると信じたことには相当な理由があり、そのように解することが当事者間の公平をはかるうえでも相当であるから、控訴人に過失があるとはいえない。

三、証拠関係<省略>

理由

一、前記引用にかかる請求原因1ないし3(本件仮差押の時期及び仮差押の趣旨、右仮差押に対する異議事件及び本案事件の結果)の各事実は当事者間に争いがなく、また右仮差押事件の被保全権利及び本案訴訟における請求債権が当審において被控訴人の主張するとおりであることも当事者間に争いがない。

二、しかして、右仮差押の申請及び執行につき控訴人に過失があるか否かに関する当裁判所の認定・判断は、次に付加するほかは原判決「理由」二の説示(原判決五枚目表末行から七枚目表四行まで、ただし、同六枚目表末行の「提供をした形跡がなかったこと」を「提供をしなかったこと」に改める。)と同一であるから、右説示部分をここに引用する。

三、控訴人は、本件土地売買契約により、被控訴人は既払代金五六一万五〇〇〇円を不当に利得し、訴外会社及びその承継人である控訴人は同額の損害を被ったものであり、被控訴人は初めから右金員を詐取する意図であったと考えられるので、控訴人の過失の有無を判断するにあたっては、この点をも考慮し、公平の理念に照らし、控訴人には過失がないものとすべきである旨主張する。

そこで更に検討するに、<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1. 訴外会社と被控訴人との間に昭和四九年四月二四日成立した本件土地売買契約第一二条には「当事者の一方がこの契約の条項に違反したときは、相手方はこの契約を解除することができる。この場合、買主の違約によるときは、手付金は売主の所得となり、買主はその返還を請求することができない。また、売主の違約によるときは、売主は受領ずみの手付金の倍額を買主に支払わなければならない。」旨の定めがあり、訴外会社が同日ころ被控訴人に支払った手付金四六一万五〇〇〇円は、右条項にいう手付金の趣旨でその授受がなされた。

2. 右土地売買契約の目的物件のうち、字沼ノ上二番一七五の山林について、被控訴人は、訴外会社との右売買契約に先立ち、その所有者である斎藤造花店との間で、右土地を代金三五〇〇万円で被控訴人が買受ける旨約していた。そしてその代金については、訴外会社から支払われる本件土地の売買代金をもってその支払いをなすこととし、訴外会社から右代金につき履行の提供があり次第、斎藤造花店において移転登記に必要な一切の書類を被控訴人に引渡すべき旨の合意が成立していた。しかし、訴外会社が履行期である昭和四九年一〇月一〇日までに残代金の提供をしなかったことから、被控訴人も斎藤造花店から登記書類の交付を受けられなかった。その後、同年一一月一五日、訴外会社と被控訴人との間で右履行期を同年一二月末日まで延期する旨の合意が成立し、その際、被控訴人は訴外会社から残代金の内払いとして金一〇〇万円を受領した。

3. その後、同年一二月末日に至るも訴外会社からは残代金の提供はなく、被控訴人と斎藤造花店との関係も進展しないまま推移していたところ、昭和五〇年六月一九日ころ、突如訴外会社から同年七月三一日までに土地の引渡しと所有権移転登記をなすべき旨、右期間内に履行しないときは契約を解除し、既払代金の返還を求める旨の内容証明郵便が被控訴人のもとに到達した。そのため、被控訴人は、とりあえず資金を調達して斎藤造花店への支払いを済ませ、前記二番一七五の山林につき、同年七月二九日自己名義に所有権移転登記を了し、訴外会社からの残代金の提供を待ったが、同社からは結局残代金の提供はなかった。

4. その後、訴外会社の代表者である控訴人は再三にわたり被控訴人に対し既払代金の返還を求めたが、被控訴人は、訴外会社に対する移転登記手続を履行しえない原因は、むしろ同社が残代金を確実に支払う態度を示さないためであり、債務不履行の責任は同社にあるとして右既払代金の返還を拒んだことから、控訴人はこれに対処するため本件仮差押を申請した。

以上のように認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被控訴人には、訴外会社から合計金五六一万五〇〇〇円を受領するにつき、これを騙取する意図はなく、また、被控訴人が訴外会社に対して所有権移転登記手続をしなかったことには相当な理由があり、本件仮差押申請以前に被控訴人が訴外会社に対して既払代金の返還義務を負っていたともいい難いから、この点に関する控訴人の主張は採用できない(なお、本件の被保全権利に関する本案判決は、控訴人と被控訴人との間に控訴人主張の被保全権利が存在しないことを確定したにとどまり、訴外会社に対してはその既判力は及ばないのであるから、同社と被控訴人との関係は本件とは別に解決されるべきものである。)。

四、そこで、被控訴人が被った損害について判断する。

被控訴人が昭和五五年七月一二日、仮差押解放金額五六一万五〇〇〇円を供託して本件仮差押の執行処分取消を得たこと、被控訴人が本件仮差押決定に対して異議申立をなし、昭和五七年七月九日仙台高裁において仮差押取消の判決が確定したことは、先に認定したとおりである。

まず、被控訴人は、本件仮差押により被控訴人に生じた損害につき、右仮差押の執行処分の取消を求めるため被控訴人が供託した仮差押解放金額に対するその供託の日から取戻の日までの商事法定利率年六分の割合による金利相当額をもってその損害であると主張する。しかしながら、不動産の仮差押によって生じる処分禁止の効力は、その処分をもって債権者に対抗できないという相対的なものであって、債務者が仮差押後にこれを処分すること自体はもとより可能であり、また、債務者はその不動産の使用、収益を妨げられない。そのため、仮差押解放金額を供託して不動産仮差押の執行処分取消を得る必要は、債務者においてその物件を他に処分する場合のほかには存しない(前記のとおりその場合にも取消を不可欠とするものではない)のである。然りとすれば、仮差押解放金を供託したことによって生じた金利相当分の損害は、違法な不動産仮差押によって通常生ずべき損害とはいい難く、特別の事情によって生じた損害というべきであるが、仮差押債権者たる被控訴人が、その仮差押の申請及び執行に際し、これを予見し、又は予見しえたものであることは、控訴人の主張立証しないところである。したがって、右解放金の金利をもって損害であるとする被控訴人の主張は採用できない。

次に、被控訴人は、本件仮差押決定に対する異議訴訟及び控訴人の提起した本案訴訟に応訴するための弁護士費用相当額を損害として主張する。そして、原審における被控訴人本人尋問の結果により、<証拠>によれば、被控訴人は、本件仮差押に対する異議申立及び本案請求に対する応訴のため弁護士を依頼し、着手金、手数料及び報酬として、昭和五二年六月二九日から昭和五七年八月二日までの間に合計金五六万円を支払ったことが認められる。

ところで、債務者が、その仮差押を排除するため仮差押異議の申立をなし、異議訴訟遂行のために要した弁護士費用は、いずれも違法な仮差押によって通常生ずべき損害というべきである。しかしながら、仮差押債権者が提起した本案訴訟に応訴することは、当該仮差押決定の取消を得るために通常必要なものではなく、これについて不当訴訟による不法行為の法理により別途に処理されるべきものである。したがって、被控訴人が右訴訟遂行のために弁護士に支払った金五六万円のうち半額の金二八万円が仮差押異議事件の処理のための分と推定され、右金額が本件仮差押によって被控訴人に生じた損害といわなければならない。

五、してみると、被控訴人の本訴請求は、金二八万円及びこれに対する右金員を被控訴人が支出した後である昭和五八年四月一七日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと一部結論を異にする原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中恒朗 裁判官 伊藤豊治 富塚圭介)

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